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2012年5月 6日 (日)

竈山神社

和歌山で最初のお正月,三社参りを行った。今回はそのうちの一つ,竈山(かまやま)神社。和歌山電鐵貴志川線の竈山駅で下車してしばらく歩くと,巨大な鳥居が迎えてくれる。

Wac04_kamayama1_2012           * 竈山神社一の鳥居(2012年1月)

鳥居があるので神社もすぐ近くかと思ったら,ここから徒歩で10分ほどかかる。意外に長い道のりを歩いて神社の正面入り口にたどり着く。そこから,鳥居をくぐって参道を抜けると神門がある。その神門をくぐると正面に拝殿がある。そして,拝殿の横から本殿の方を見上げてみる。

Wac04_kamayama2_2012           * 竈山神社神門(2012年1月)

Wac04_kamayama3_2012           * 竈山神社拝殿(2012年1月)

Wac04_kamayama4_2012           * 拝殿脇から竈山神社本殿の方を見上げる(2012年1月)

境内の雰囲気といい,これらの建築物といい,かなり立派な神社である。

竈山神社(かまやまじんじゃ)は旧官幣大社で,御祭神は彦五瀬命(ひこいつせのみこと)。彦五瀬命は、初代天皇である神武天皇の兄にあたる。

この兄弟は,九州を出発して大和を目指すが,生駒山を越えて大和に入ろうとした際,長髄彦(ながすねひこ)の抵抗にあい,その戦闘のなかで彦五瀬命は負傷してしまう。

その後,太陽に向って戦うのは良 くないとして,東から回り込むために一行は南下するが,彦五瀬命は戦闘での傷がもとで,紀国の男之水門に着いたところで亡くなる。

彦五瀬命はその亡くなった場所で葬られたが,それがこの竃山の地であったとされる。神社の裏手には彦五瀬命の墓とされる陵墓がある。

さて,この神話,出発地が当時の日向で,それは現在の宮崎県と鹿児島県にわたる領域である。

また,この兄弟の曽祖父・瓊々杵尊(ににぎのみこと)は,高千穂に天降った後,笠沙の御前で木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と出会って結婚するが,その地は鹿児島県の薩摩半島の南西部とされている。

さらに,この夫婦の間に生まれるのが山幸彦と海幸彦で,彼らの物語の舞台も薩摩半島南部とされている。

ついでに,山幸彦の子で神武天皇の父にあたる鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)は,大隅半島中部の吾平山上稜に祀られている。

このように,天孫降臨から東征前の神武天皇までの間の神話は南九州が舞台とされる。そして,私の出身地が鹿児島。私が帰省した際,こうした神話の伝承地を巡ることもある。

そうしたことから,南九州を舞台とする神話には興味があり,解説本に目を通しすこともしばしばあったが,舞台が南九州を離れた後の神話には詳しくなかった。

そうしたときに,この竈山神社と御祭神・彦五瀬命のことを知り,少々驚いた。南九州を離れた直後にこのような物語があったとは。

和歌山に何かしら縁があったのではないかという気がするようなしないようなという感覚を少しは持たなくもない竈山神社への参拝であった。

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